※これは7月28日YouTube動画の台本原稿です。
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こんにちは、ドルメロチャンネルです。
さて久しぶりの動画となりますが、今回は夏のセミナー企画としてちょっと変わった「空胎」の話をしていこうと思います。
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サラブレッドの生産においては、みなさんも「空胎」というワードを聞いたことがあるでしょう。
一般的には前年に種付けをしたものの受胎せず、あるいはもともと種付けの予定がなくて繁殖牝馬の胎内が空いた状態、これを空胎と呼びます。
ですから私たちの知る空胎の期間は通常、年単位の長さであることがほとんどのはず。
1週間の空胎とは言わないですよね。
しかしドルメロには以前から気になっていることがありました。
それは上の子が生まれた同一の年に、1年よりは短いものの、かなり長い空白期間を経て種付けされる馬がいるということです。
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加えてそういう「同一年内の空白期間」を経て種付けされた馬は、なぜか大変な名馬であることが多いのです。
私は普段サラブレッドの月のサイクルを見るために、このような母系データを何万頭分も用意しているのですが、たまに「あれ?この名馬、かなり遅く種付けされてるな」と気がつくことがあります。
たとえば80年代から90年代にかけ、日本で種牡馬として大活躍したフランス産馬のモガミ。
彼はひとつ上の姉プリンセスリファードが誕生した日から、同一年内の4か月以上のちに種付けされた形跡があります。
以来私はこの空白に気がついたときにはこうして「4か月」とか「3か月」といったメモ書きを残すようにしています。
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この4か月の空白後という種付け行為がどれくらい奇妙なものであるかというと、たとえばモガミの場合、姉の誕生後すぐ訪れる初回発情を除き、自然なサイクルだけを考えても最低4回は発情をパスしています。
ですからああこれで今年の空胎は決まったかと思ったら、突然何かを思い出したかのように、すでに6月にもなろうかという時期に再び前年と同じリファールを種付けした。
するとその馬は日本で大種牡馬と呼ばれる素晴らしい功績を残してみせた。
もちろん種付けというのはあくまで母体の状態をよく見た上で行うものですから、4か月後に延びた種付けの理由は馬によってさまざまでしょう。
しかし結果としてそこから誕生する馬に名馬が多いというのは、実に不思議な現象だと言わざるを得ません。
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そして気がつけば、最近私の空白期メモ書きがかなりたくさん溜まってきました。
たとえば3か月の空白を経た名馬としては、ヤマニンゼファー、アグネスフローラ、トウカイポイントなど懐かしい顔ぶれが並ぶ一方で、名馬の母系祖先つまり母とか祖母にあたる牝馬が空白期生まれであるケースも多いです。
ミスターシービーやスーパーショットの祖母であるメイドウ、アグネスパレードの母アグネスシャレード、ベルシャザールの母マルカキャンディなど、こちらは注目が集まりにくいだけで探せばまだまだいるのでしょう。
とにかくかなりの大物を輩出する要素として、この空胎とも呼べない妙な空白期を経た種付けというものが私の中でがぜん興味を引くこととなったのです。
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さてこの空白期種付け、何かピッタリくる説明や文献はどこかにないのかなと思っていたら、意外な場所にそのヒントが転がっていました。
それがこの中島国治氏の2冊目の著書「サラブレッド ゼロの理論」です。
実は私、1冊目の著書「血とコンプレックス」は発売当時から持っていましたが、この2冊目「ゼロの理論」は全く読んだことがありませんでした。
あれは内容的には1冊目の加筆版だと聞いていたこともあるのですが、血とコンプレックスから10年経ってまた中島さん言いたいことができたんだろうな、くらいにしか思ってなかったんです。
ようやく昨年、安く入手することができた後も棚に積んだままだったのですが、この夏やっと読み始めて後から偶然この内容に気がつきました。
もちろんそれは「血とコンプレックス」には書かれていない加筆部分の記述だったんです。
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この「ゼロの理論」の中で中島氏は、1頭の繁殖牝馬で何年も続けて生産する「連産」の弊害を避ける策として以下のような提唱をしています。
連産にて生産する場合、第1、第2回目の発情は避けて種付けすること
こうすればある程度、連産の弊害を逃れることができるというのです。
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しかし私が本当に興味を持ったのはその理由部分の記述でした。
この場合なぜ早期の受胎を避けるのか、中島氏によればそれは当歳馬の離乳と深く関わっているというのです。
著書によれば、受胎した馬の胎児の脳は受胎から3〜5か月過ぎたあたりから形成が始まるので、そのときまでにはできれば離乳を済ませていてほしいとのこと。
なぜなら母馬という存在は
(1)仔馬の教育
(2)授乳
(3)胎児に栄養を送る
(4)自身のための栄養補給
でいつも忙しいから。
だからこのうち(1)と(2)の役割がなくなるだけで、胎内の子は「空胎後に受胎したのと同様になる」。
この状態を中島氏は「準空胎」と呼んでいるのです。
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しかし実際問題として、離乳後の種付けなどはたしてうまくいくものなのかどうか。
まず離乳に関して調べると、JRAの育成馬日誌ブログによれば、当歳馬の離乳には仔馬の「心」と「体」の両方が十分成長していることが重要で、
その「心」というのは、15〜16週齢で精神的に安定し、母馬から離れられる状態のこと
また「体」というのは、4か月齢で飼料から栄養を摂取できるようになり、なおかつ馬体重220キロ以上の状態のこと
この2点から、理想の離乳時期は早くても4か月齢以降であると説明しています。
ちなみにJRA日高育成牧場では、例年9月の中旬までに当歳の離乳が終わるそうです。
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ということは、理想の当歳離乳時期である4か月齢以降に母馬に種付けしようと思ったら、まず上のきょうだいがかなりの早生まれであることが前提条件になる。
そこから中島氏の提唱するとおり、一回目二回目の発情をスキップしたとしてもまだ4か月空白には足らない計算になるし、そもそも現代ではその前に種付けが行われてしまうケースがほとんどだろうと。
よって現代の生産現場において、この「離乳後の種付け」=「準空胎」の利益をすべて享受するのは難しそうだということがわかります。
加えて月のサイクルの良い時期がどこになるかや、あるいは母のゼロ活性がいつから始まってしまうか、そんなファクターも絡んできますので、なかなか計算通りには行きそうもない。
ただし母馬の生育負担がある程度軽くなってからの種付けに、母馬にとって良い効果がありそうだという考え方には賛成できます。
私がよく見る大狩部牧場さんのYouTube動画でも、出産直後と1か月経過した母馬では様子が全く違うことが見てとれますし、何より母馬に余裕が生まれています。
ですからたとえまるまる4か月とは言わなくても、3か月あるいは2か月半ほどの空白期であっても、ひょっとしたら母馬にとってはかなり負担の軽い種付けになる可能性がある。
それこそが母馬の状態を優先した優しい種付けなのかもしれませんね。
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この準空胎を最大限活かしたとみられる名馬として、凱旋門賞2年連続2着のオルフェーヴルを挙げておきます。
オルフェーヴルの場合、まず祖母のエレクトロアートが2か月の準空胎生まれ、そして母オリエンタルアートもやはり2か月の準空胎生まれ、最後にオルフェーヴル自身がなんと4か月の準空胎生まれであることがわかります。
私が最初にこの「準空胎」らしき現象に興味を持ったのも、このオルフェーヴルの力の源を調べていたときでした。
欧州遠征を成功させた名馬の中でも、ひときわ規格外の強さを誇った「暴君」オルフェーヴル。
彼は基礎体力も月のサイクルつまりスピード面でも突出した数値データを持っていませんし、配合的にはノーザンテーストのクロスも活きたままですから、ドルメロ的には非常に謎多き名馬の1頭でもあります。
しかしその強さの一端がこの3代続く準空胎にあったとしたら…
中島氏の著書「血とコンプレックス」では「空胎のあとに名馬あり」の実例として、1963年の春クラシック二冠馬メイズイが挙げられていますが、オルフェーヴルはまさに「準空胎のあとに名馬あり」の実例とも言える存在でしょうね。
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さて現代では非常に難しい離乳後の種付けですが、ひとつの可能性としてもう少し短い期間の準空胎後の名馬も挙げておきましょう。
まずは94年のクラシック三冠馬ナリタブライアン。兄ビワハヤヒデの誕生から2か月半離れた種付けとみられ、そのおかげできょうだい揃って月のサイクルの表も獲得できました。
単純に1回目の発情で種付けされていたら、果たして歴史はどうなっていたことやら。
また近年の最強牝馬アーモンドアイ。彼女も約2か月半の準空胎後に自然サイクルで種付けされた名馬ですが、彼女の場合はあと3日後ろにズレていたら今度は月のサイクルの表を逃すことになっていたので、まさにギリギリのタイミングでの名馬誕生だったといえます。
それから変わったところでは、マル外のスプリンター・ヒシアケボノや無冠の大器シルバーステートらも、約2か月の準空胎後に種付けされた名馬と思われます。
こうして2か月の準空胎まで拾うことになると、さてどの辺まで空胎効果があるのか疑問が残りますが、少なくともオルフェーヴル、ナリタブライアン、アーモンドアイ級の歴史的名馬がそろってこの準空胎生まれであることには注目してもいいのではないでしょうか。
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最後に現代生産界における準空胎の考え方をまとめておきます。
(1)準空胎はあくまで配合の副産物である
準空胎を配合の柱に据えることは実情に合わないので、むしろお腹が空いたまま種付け時期が遅くなっても、1回はチャレンジしてみるかという理由付けになればそれで十分なのではないか
(2)準空胎は母の余力を注視する考え方である
あくまで繁殖の負担が軽くなることに重きをおいた考えであり、普段から繁殖に負担の掛からないポリシーで生産している現場であれば(準空胎でなくとも)自ずと良い子が生まれているはず
そして私たち競馬ファン、クラブ会員さんの目線からは
(3)母系の準空胎、遅生まれ馬の再評価につながる
準空胎の繁殖から名馬が生まれるパターンもあるので、チェックできる方は日頃から母系データを蓄積されておくと、かなりの大物にぶち当たる可能性がある。
さらに今どきの社台系生産馬には珍しい、遅生まれ馬の再評価に繋がる可能性があるかもしれない。
シルバーステートもオルフェーヴルも5月生まれですからね。なぜ生まれが遅かったのかをしっかり紐解けば、そこに思わぬ世界が広がっているかもしれませんね。
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2025年ドルメロ夏のセミナー動画、今回は準空胎についてお話しました。
信じるも信じないもすべて、あなた次第です。