▼中島氏はなぜ6月に種付けをしたのか ファーザーズイメージ×ハワイアンドーン

「血とコンプレックス」内の有名なエピソードをひもとく

スパイス種付け日をご紹介する上で、ひとつヒントになるかもしれないエピソードがある。それは中島国治氏が自ら配合を手がけた皐月賞馬ハワイアンイメージの種付けシーンである。

ハワイアンドーン 69.5.10 4.24〜6.24
 メイワキミコ 74.3.3 き× 2.17〜4.17
 空
 シルバーシゲオ 76.3.20 き×
 ハワイアンイメージ 77.5.22(6.22付) ぐ○

明和牧場に繋養されていた米国産の繁殖ハワイアンドーンについて、中島氏はこの76年春が一世一代の勝負期になると感じていた。3月20日に父シルバーシャークの牡馬が産まれ、通例なら産地では初回発情の3月30日頃に次の種付けが行われてしまう。

しかし3月30日は今の私たちから見ても「裏サイクル」の期間であり、さらに当時の中島氏には「奇形が産まれる」危険性も計算できていた。そこで中島氏もまたここで、一世一代のお芝居を打つのである。

「今年はハワイアンドーン、休むって伝えておいて」

こうして東京事務所から空胎が伝達されたハワイアンドーンは、初回発情付けどころか、早くもこの年のお勤めを終えることになったのである。

テシオ理論を学ぶ方々にとっては、ここまでの展開にさほど異論はなかろう。気になるのはむしろこの後の展開である。

中島氏が次に新冠の明和牧場を訪れたのは、そこからなんと3か月後、種付け日当日6月22日の朝になる。そこで厩舎長さんに「ハワイアンドーンにアテ馬!」とささやくかの名シーンが出てきて、スタッフが急いでハワイアンドーンを見に行くと、なんと彼女にとびきり上等の発情が来ているではないか!

中島氏は冷静に「今回の発情がホンモノなんだ」とみんなに教え(ここまで騙していたことを謝ったかもしれないが)、種馬にファーザーズイメージを指名する。

さらに驚くことにその日の午後、ファーザーズイメージとハワイアンドーンは「人手を借りずに」2頭で交わるという本当の自然交配で種付けを終え、翌年産まれたのが皐月賞馬ハワイアンイメージになる。

競馬が好きな方ならまるで競馬映画のワンシーンに思える展開だが、私たちはもっと冷静にこのストーリーをふり返ってみることにしよう。

6月22日付けの正当性はわかるが……

前回お話ししたように、スパイス種付け日は「1、8、15、22、29」日であり、そこに3月、4月などの月は関係しない。あくまで日にちが大切になる。

中島氏が計画した6月22日の発情&種付けは、確かに彼自らの理にはかなっているように見える。しかし「なぜあえてかなりの遅生まれになる6月まで待ったのだろう」という疑問は残る。

兄シルバーシゲオ生 3.20
初回発情      3.30
1回目自然サイクル  4.19
母の良いサイクル 開始 4.24
2回目自然サイクル 5.10
3回目自然サイクル 5.31
4回目自然サイクル 6.21
種付け       6.22付
母の良いサイクル 終了 6.24

ここでもうひとつスパイス種付け日の条件をお話しすると、さすがにこのスパイス種付け日にも多少の誤差があるという。中島氏はそれを「+2日、−1日」と表現しているので、たとえば「1日」なら=「31日、1日、2日、3日」でも許される範囲ということなのだろう。

なあんだ、それなら1か月の中にもスパイス種付け日に該当する日がたくさんあるじゃん、と気がつく。本当にそこまでこだわる必要があるのかと。

しかし結論から言えばやはり、中島氏はこの「1、8、15、22、29」日にこだわっていたのだろう。というのは、現在の私たちでもわかる自然サイクル上にもっとも近づくスパイス種付け日こそが6月22日であるからだ。

母の良いサイクルが始まって最初の候補日5月10日は8+2、5月31日も29+2、そして最後に回ってきたチャンスの6月21日が22−1で最も近い。中島氏はこの点も見込んで、6月22日の発情を「本命」と計算したのかもしれない。

スパイス種付け日を「スパイス」と名付けた理由

さてこのスパイス種付け日の重要な条件をもうひとつお教えしなければならない。それは

スパイス種付け日は代々の母によって正しく継承されなければならない

つまりスーパーホースが誕生するような土台としては、このスパイス種付け日を、ぽっと出の1代限りではなく3代しっかり継承している母に、4代目もスパイス種付け日で配合しなければ、歴史的名馬は生まれないということだ。

現代において一番新しい産駒のスパイス種付け日を追っている方からすれば、この条件こそ「なーんだ、全部ムダ骨じゃん」と思うかもしれない。スタッドブックのサイト等で追える種付け日はいいとこ1993年あたりまでだから、代でいうと3代がやっと。牧場関係者でもなければとても4代の繋がりをみることはできない。

さらに現在は牝系を2、3代遡ればほとんどが輸入牝馬にぶち当たる。輸入牝馬は詳細なデータがないし、毎年たくさんの繁殖が輸入されている時代に、4代の牝系データがいかほど役に立つというのか。

この「継承」という観点からも、私は今までこの「スパイス種付け日」についてふれることがなかった。確かにスパイシーなファクターではあるが、それ単独で食べてもおいしくはない、という意味で「スパイス」と名付けたのだ。

しかし中島氏もそこまで追いかけた証拠はない

中島氏がこのスパイス種付け日を発見したそもそものきっかけは、何万にも及ぶ膨大な産駒の種付け日を1枚のカレンダーに起こし、そこから未勝利馬たちを差し引いていくという気の遠くなるような作業のたまものである。最後にOP馬の種付け日だけが残ったとき、「1、8、15、22、29」に一筋の光(あるいは鉛筆の黒線?)が見えたという。

よって著書にあるメジロマックイーンやライスシャワーの母系の優秀さに気がついたのは、その後ということになる。そこから彼も改めて調べ直すことで、繁殖牝馬の中の1割未満がこのスパイス種付け日を今日まで継承していることをつかんでいる。

そして例の明和牧場ハワイアンドーンもまた米国産の繁殖牝馬であり、誕生データを追えたとは到底思えない。中島氏は「今の自分ができることすべて」をつぎ込む形で、たとえ1代でもスパイス種付け日に合わせ、この6月22日に勝負をかけたのだろう。でなければ、サイクルの最終日からたった3日前(ラストチャンス)にわざわざ北海道へハワイアンドーンを見に行く勇気は到底ないだろう。

そして現代の私たちも、このスパイス種付け日を(1代でも)一生懸命追っていいと思う。私も2、3代なら今日までスパイス種付け日を継承している牝系を知っているし、逆に残念ながら途絶えそうになっている牝系も知っている。極論すれば明日からスパイス種付け牝系が開始することだってあるのだし、調査に苦労するデータではないので、知っておくといいことがあるだろう。

その際、気をつけたいことを挙げておく。これが今回のまとめになる。

①スパイス種付け日に誤差はあっても、一番良い日は「1、8、15、22、29」日

②母の良いサイクルの超初期にこだわらなくても、近ければ近いほどスパイス種付け日が効いてくる

③もちろん、表スピードの、自然サイクル日種付け、との併用が今のところ有効

中島氏が言うには、このスパイス種付け日間隔の1週間は「月のサイクルの最小単位」なのだという。現代でもよい発情が来る日を正確に1日単位で知りたい生産者にとっては大変有効な理論になるだろう。まあ私たちが活用するには限界があるけれどね。そうか、今ならもっと詳細な配合コメントができたかもしれないなぁ…。

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