※これは4月21日YouTube動画の台本原稿です。
(1)
こんにちは、ドルメロチャンネルです。
さて今回は、北米リーディングサイヤーの歴史から代々のスピード因子の移り変わりを通じて、ある日突然トップサイヤーに登り詰めた1頭のアメリカンドリーマーの話をお送りいたします。
(2)
とはいえこの動画は次の企画もの「種牡馬シリーズ」を、私がこんな視点で進めていくんだという一種の紹介動画のようになっています。
今までのサラブレッドの常識とは全く違う視点になりますので、こうして一度簡単な動画を作ることで今後の方向性をご理解頂きたい、そんなつもりでまとめています。
まあ肩肘張らずに、楽しくお付き合いください。
(3)
さてこれは種牡馬に関するシリーズものですから、当然お題には種牡馬を取り上げるのですが、今までとは少し切り口が違います。
ご存じのように種牡馬の大きな役割は、子孫に自分の形を伝えることです。
自分の血統内の優性の祖先の形を、自分の優性期に伝えることができます。
その一方、たとえばゼロの時や劣性期の時は、その種牡馬を種付けしても形は伝わりません。
だからよく「劣性期の種馬を付ける意味って何なんですか」と質問されますが、答えのひとつは「母系の良い形を意図的に使いたいとき」だろうと思います。
しかし馬にとって、劣性期は思ったよりも長い期間続きます。
祖先の形を出し入れする方法としてのみ使うには、あまりにもったいない時間が多すぎるし、そのためだけにわざわざ種付け料の高い名馬を用意する必要があるのだろうか。
そこでもうひとつ私が考えた劣性期種牡馬の存在意義。
それがスピードの種をまく時期であるという可能性です。
自分の血統内にある有名な祖先を、将来の健康なクロスのために、低活性のときに植え付ける。
これなら「将来このスピードの種が欲しいから、この父を劣性で付ける」という意味づけにもなります。
(4)
この「スピードの種をまいておく」という考えは、かなり遠くの将来を見据えた展望に近いものです。
なぜなら、1頭の種牡馬がめでたくクロスの材料になるまでにはおそらく数十年を要する話ですし、そもそもクロスとして役立ちそうな大種牡馬を追いかける先見性も必要になる。
もう一種の連想ゲームみたいなものです。
この図は以前も動画でお話しした、種牡馬がクロスの材料になるまでを模式化したものです。
1頭の馬が生まれ、評価されて種牡馬になり、リーディングを獲得する。でないとサラブレッドの血統表の中にこの馬の名前があふれることにはなりませんからね。
こうした一握りのスター種牡馬が、引退後に生産界である程度の濃度を占めるようになると、それまで形を伝えていた種牡馬の役割が変わります。
血の濃縮を防ぐという従来の意味もあるでしょうが、形を伝える役目を終え、今度は集めても弊害の少ないクロスの材料として、スピードを補強する役目に生まれ変わるのです。
(5)
これをふまえて今回は、日本の種牡馬を見る前にアメリカの話をしてみようと思います。
これも2年ほど前の企画でやりましたが、アメリカのトップ20種牡馬が持つ形には、だいたい3種類の系統があります。
ひとつはアメリカンダミーの系統、もうひとつが南米の系統、そして3つめが欧州芝系の形です。中でもナスルーラNasrullahとプリンスキロPrincequilloの形は現代まで何代にもわたって受け継がれています。
たとえばナスルーラはBoldRuler、SecretariatからStorm Cat(母父)のラインが有名ですし、プリンスキロはあの現役北米リーディングサイヤーに多大な影響を及ぼしています。
(6)
それがこのInto Mischiefです。
現役時は2歳のG1をひとつ制しただけという、アメリカだったらどこにでもいそうな馬の1頭で、一時はたった7500ドルで種付けしていた普通の種牡馬でしたが、産駒がデビューするやいなや次々とステークスウィナーを出し、ついには毎年200頭を超える繁殖を集め、昨年まで6年連続の北米リーディングサイヤー。
こういうのを本当のアメリカンドリームというのでしょうが、実は外国の生産現場ではこのような成り上がり?事例がいくつかあります。
まあそれはさておき、なぜこのInto Mischiefがここまで大成功したのか血統を詳しく見ておくと、まず注目したいのは、彼が母Leslie’s Ladyの真のMAX活性産駒であること。
主なスピードはここに由来していますが、種牡馬にとってこの母のMAX活性はさほど重要ではありません。なぜなら形が重要視される種牡馬の価値は、競走成績の大半を割り引いて考える必要があり、見かけ上のスピードはむしろ誤解や虚像を生むノイズになるからです。
しかしそこはさすがのスーパーサイヤー。Into Mischiefは形も超一流です。
というか、Into Mischiefはまず父似か母似かが判然としません。でもどちらであっても結局Princequilloの影響が強いという珍しい父母強調型の種牡馬であって、まだまだPrincequilloの形を絶やさないぞ、という天のメッセージにも聞こえます。
そして今回ここが大切なのですが、Into Mischief内のクロス因子について考えてみると、Into Mischiefは自分ではN.D.の5×5というクロスを持ちますが、産駒の世代ではこのN.D.のクロス効果は使えなくなります。
代わりにたとえば父系のHarlan’s HolidayとHarlanがミニマムの関係にあるので、その後ろのStorm Catがうまく使える時がある、また母父のTricky Creek、Clever Trickが連続ミニマムなのでその後ろのIcecapadeが使える時があるなど、これまでのメジャーどころとは異なる新しいクロスの可能性を示唆しています。
(7)
その証拠としてInto Mischief初期の活躍産駒を調べると、純粋なアウトブリードに加えてまた見事に弊害のないときのクロスを使った準アウトブリード配合がすごく多い。
サンデーサイレンス同様、アウトブリードでもスゴい産駒が出るのは形の種牡馬の典型的な特徴ですが、クロス回避のワンパターン配合がこんなに成功するのは、ひょっとすると何かの兆しなのだろうか…次のコーナーではそのあたりを考察していきます。
(8)(5秒ジングル)
(9)
Into Mischiefは確かに形に優れた王道の種牡馬である。
しかしInto Mischiefのリーディングは昨年でもう6年連続、異例の長さです。
島国日本ならともかくライバルの多いアメリカで「優れた形の遺伝」というだけでこんなに天下が長続きするものだろうか、私の頭にはそんな疑問が浮かびました。
前にも言ったように種牡馬には相当長い劣性期の期間があって、その間4、5年は少なくとも形の遺伝には関与しない。
活性がMAXに近い年に代表産駒を出すのはわかるけど、Into Mischiefは劣性期でもクロスを活かす形で産駒が成功し続けている。
これって種牡馬Into Mischiefの役割が、誰も知らない間に次の段階に移っているということじゃないのか。
(10)
そこで私が目を付けたのが、歴代のアメリカリーディングサイヤーたちがどんなスピード因子を持っていたかという点です。
Into Mischiefは産駒にN.D.のクロス効果を期待できません。裏を返せばInto MischiefにNorthern Dancer因子のある繁殖を持ってきても、さほど有効ではないということ。
実はここ数年、Into Mischiefが天下を獲っているうちにアメリカではN.D.因子離れが急加速しています。
というように、過去のアメリカにおいてもこのクロス因子、とくにメジャーなクロスの繁栄と衰退の現象があったのではないか、そう見ていくと
一番下の03年リーディングA.P.Indy、これはシアトルスルー系で形に優れた種牡馬の典型です。
実はこのA.P.Indyの登場によって、ひとつのクロスの時代が終わりを迎えます。
それがこのマームードMahmoudです。
Mahmoudはその娘Almahmoudを通じて、米国競馬に多大な影響を与えた馬です。
サンデーサイレンスもまたMahmoudのクロスを持って成功した競走馬です。
しかしながらMahmoudは1933年、娘のAlmahmoudでさえ1947年の生まれですから、さすがに5、60年経って血統表内に名前が少なくなってきた。
遺伝限界を迎えたとでも言うのでしょうか。
するとリーディングに不思議な現象が起きます。
A.P.Indyの次のリーディングサイヤーに、今度はミスプロというスピード因子を、めちゃくちゃ近い代に持つ種牡馬が連続して現れるんです。
もちろん歴史はこのミスプロ系のクロス使用をすぐに許したわけではありません。
まずはNative Dancerのクロスとか、遠い方からだんだんと馴染ませ、約10年という月日をかけてミスプロのクロス馬(タピット)をリーディングに押し上げた。
この時点で正式にミスプロはスピード因子の役割を帯びたと言ってもいい。
そして19年に天下を獲った形の種牡馬Into Mischiefが、今度はNorthern Dancerというスピード因子を終わらせようとしている。Northern Dancerも誕生から60年経とうとしていたんですよね。
ですから形の種牡馬が出る前後は、メジャーなクロス対象の終わりが近いこと、そして入れ替わるように新たなメジャークロスの候補が近い世代に誕生しているかもしれないということ、北米リーディングの歴史からはそんなサイクルが見えてきます。
(11)
まとめますと、
まず前世代の主要クロスが充満しきって遺伝限界ともいうべき年を迎えると
そこでクロスに頼らない形に優れた種牡馬が登場し、長きにわたって繁栄する
その一方で、次の世代のメジャークロス候補が世代の浅いところにポツンと現れる
そしてだんだんその次世代のメジャークロスを使う種牡馬が現れ、
次世代のメジャークロスは一般化し、ついには本当のメジャークロスへ進化する
そしてクロスが再び充満していく…
こういう種牡馬とクロスの興亡サイクルとでも言うべきものが見られるわけです。
(12)
じゃあ結論として、未だにアメリカでInto Mischiefが隆盛を誇る理由とは何なのか。
馬の形じゃなくて、アメリカや日本のクロスサイクルから見たとき、日本ならキズナであり、カナロアであり、ダノンレジェンドたちが、毎年200頭も種付けされるようになったその根底を流れるものとは、
実は次世代のメジャークロス候補がここにいるからではないのか。
そう、Storm Catの存在ですよね。
人間の目からは一見全部違う父系の種牡馬を付けているようにしか見えないけれど、実は競馬の神様が狙っているのはそういう父系のバラエティではなく、Storm Catという将来のスピードの種候補をたくさんばらまくことにあった。
すでにこの時点で神様の術中にハマっている気がしませんか。
(13)
先ほど外国の生産現場では、Into Mischiefのような成り上がり?事例があると言いましたが、そのひとつが豪州のリーディングサイヤーI Am Invincibleかもしれません。
彼もまた現役成績は非常に地味で、かつ種牡馬生活も1万豪ドルちょっとから始まった雑草と言っていいサイヤーですが、今ではこうして3年連続のリーディングとなり、種付け料も30万豪ドル以上に。
国によってトップ種牡馬の選定基準って違うんでしょうね、きっと。
でG1ホースを押しのけてわざわざこういう種牡馬が掘り出されるには、やっぱり相応の理由がある。
それはたとえばNorthern Dancerの次、DanzigやGreen Desertをあくまで豪州のメジャークロス候補として試しているのかもしれない。
(14)
またこのWritten Tycoonも豪州の成り上がりサイヤーの1頭ですが、それはトライマイベストやラストタイクーンを次のメジャークロス候補として試しているのかもしれない。
そんなことを考えるだけで、何だか楽しくなってしまいます。
(15)
さてここまでクロスのサイクルという観点から北米リーディングの歴史を見てきましたが、今後作成予定の日本の種牡馬シリーズも、こうしたクロスの観点でその父が本当はどんな役割を帯びた種牡馬だったのか、これを中心にお話しすることになります。
それはすでに前シリーズで仮説を立てたサラブレッドの3代始祖の役割の違い
スピードの果実をたくさん持つゴドルフィンアラビアン
実のつかない「形」という木を持つバイアリーターク
そして実がなる木という中間の大樹役ダーレーアラビアン
こういう考え方の延長線上ではないかと思っていますが、あとはシリーズに託すとしまして、よかったら第1回スタートを楽しみにお待ちください。
(16)
シリーズ動画の第1回、今のところいつになるかは全くわかりませんし、また始まってしまうと一体これは何回にわたる企画なんだろうと気が遠くなります。
でもこれは種牡馬を選ぶという、生産における一番重要なポイントに正確に迫る話でもありますので、YouTubeで楽しく遊んでいられるうちに何とか元気に出していきたいですね。
それでは第1回の動画スタートの日まで、ごきげんよう。
(17)(5秒ジングル)