▼人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり 9.12

自分が知っている解釈とは少し違う

本日のお題は小唄「敦盛」の一節で、戦国武将・織田信長が戦の前など事あるごとに舞ったとされる有名なフレーズだ。しかし驚くことに、敦盛を舞ったのは何も本能寺の時だけではなかったようだし、また自分たちが考えていた一節の意味もちょっと違うらしい。

ま、詳しくは歴史学者に譲るとして、たとえば「人間」はにんげんではなく「じんかん」と読む。つまり人間の一生が五十年しかないというのではなく、人間の一生のうち、五十年など…という期限を区切った時間のことを指している。

よって意味として最も近いのは「人間の一生のうち五十年など、下天(天上界)の時間で見れば、ほんの一瞬にすぎない」という訳らしい。

「敦盛」には他のフレーズも

この小唄「敦盛」には、他にも人生観をうたった節がある。この辺が戦国武将たちの琴線にふれたのかもしれないが、例えば「死なうは一定、しのひ草には何をしよ、その一定かたりのこすよの」=(人は)みな必ず死ぬ。死んだあとでも思い出されるには、何をすべきか。その人生を語り遺されるためには……なども、よく信長が口にしていた節らしい。

なんというか、命のやりとりをしていた人物にしては、意外とすっきりした死生観を好んだものだな、と感じる。生きながらえていつか成し遂げるというよりは、何かをなしたその一瞬で命は決まる、とでもいうのだろうか。信長らしいといえばらしい。

大学の同級生が亡くなったらしい

その男、仮にAとすると、Aは大学の同級生で、現在はいわゆる「官僚」だった。この春に突然この世を去ったと知らせが来たのはつい最近のことで、周りもビックリするようなあっけない最期だったらしい。

同級生とはいえ大学は大抵同じ研究室に入ってから付き合いが深まるもの。自分とAは室が違ったので単なる同級生でしかなかったのだが、確かにAは頭がいい反面、ひょうきんで少し変わり者で、騒ぐことが大好きな男だった。

のちにAが入った研究室の教授Xは血圧降下剤の世界的権威で、いわゆる肩で風切るブイブイいわすタイプ。3年生からX教授の授業があったと記憶しているが、ある日X教授が「君たち(40人)全員を寿司屋に連れて行くくらい何でもない」と学生に向けて自慢風を吹かせたのを、真に受けちゃったのがAその人。

次の授業でAが「そういえば先生、寿司はいつになるんですか?」と聞いたところ、X教授は「?」という感じで、ガン無視。まあそりゃそうだ、他人の自慢話は半分以上流しておけばいいのに、Aは不満だったらしく「連れて行くって言ってたのに…」とおかんむり。それがきっかけになったかは知らないが、のちにAは厳しいと噂のX教授の研究室にあえて立候補して入ったので、あれからきっと一度くらいは寿司屋に連れて行ってもらったのだろう。

かと思えば、酒を飲むととびきり明るくなる男だった。学園祭が終わった夜。みなもう酔っていたのだが、Aは私の研究室の後輩の女の子と「カラオケに誘いたいから、仲介頼む」と言い出した。ただその女の子も「とびきり明るい酒飲み」だったので「(こりゃ大丈夫かな?)Aよ、最後までこの子の面倒見てくれよ」と言い聞かせて送り出したら、校門近くで女の子が「先輩(自分)も一緒に行きましょうよ〜(すでにほろ酔い)」と言って聞かない。

「今日はAと行っておいでよ」と気を利かせ、なんとかA、女の子を含めた4人くらいでカラオケに行ったのだが、案の定Aも女の子も酔い潰れて翌日一緒だった記憶がまったくない。何のためのお膳立てだよ!と笑ったら、決まりが悪そうに頭をかいていたっけ。そういう男だったよな。A、覚えているか〜?

時代劇にある「死に場所を探す」という意味

私は古い時代劇が好きで、大河よりはシリーズものの録画をよく観なおす。藤沢周平原作の「三屋清左衛門残日録」では、清左衛門の幼なじみ平八が芙蓉の花の中へ脳卒中で倒れたり、あるいは道場の師範・中根に宿敵・納谷との「果たし合い」の立会人を頼まれたりと、男子の五十代を「よい死に場所を求める」時期と表現している。それを平八は「いい死に方だと思った」といい、中根は「これぞ男子の本懐」だという。

若い後輩・村松は「私にはわからない」と絶句するものの、清左衛門は「我らはみなこうして最後の花をどこで咲かせるか、考えているのだ」と諭す。むろんこれは武士の世の創作だし、単なる藤沢作品の清々しさであるかもしれない。

しかし自分も齢五十の坂を越え、同級生の死に直面するに至り、ここからの時間は有限であることを意識せざるを得なくなった。いや人生は結局70年あるやん、まだ早すぎやろ、というのではない。何かを成し遂げるまでの時間は、そう多く残されていないのだ。

ここまでくればもはや好きなことしかしたくないし、難しいけれど好きなことで生きていければなおいい。去年から今年にかけて、さらに波間に漂うように流されるまま仕事を引き受けてきた。これは自分としてはすごく珍しいこと。若いうちから組織ではなじめず、いつも自分で決めて幕を引き、方向転換し、新しいことをはじめ、なんだかわからないけど、何かに抗って生きてきた。

亡くなったAと自分の同級生でもある埼玉の社長Bは「お前よく毎回すぐに決断しちゃうよな」といつも呆れている。Bの奥さんも実は同級生C。彼女は「あんたらしくていいよ」と笑う。しかしさすがにここ数年会えず、いまだYouTubeをやっているとは言えていないままだ。

この1年でまた自分を懇意にしてくださる方が増え、年間通じて慌ただしくなってきた。自分はキャパが小さいので、将来的には少しずつ活動の軸足を表舞台から裏のリアル方面へ移すことも考えている。より楽しい方、より夢のある方へ。残された時間はそう多くないと、Aはちゃんと教えてくれた。

明日この世からいなくなっても今日幸せならそれでいい。その分、今日を生きようと思う。この世に何かを遺すために。

▼人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり 9.12」への6件のフィードバック

  1. 凱旋門賞2022 G1血統解析 ロンシャンの重馬場には欧州系が躍動する 【計算する血統】No.174先程拝見しました。
    私もディープインパクトから競馬に興味を持って、日本馬の凱旋門賞挑戦を応援していますが、今年はチャンスが大きい気がします。それこそエルコンドルパサーのように善戦できるチャンスかなって自分も思っています。この血統重視目線で言えば、不良馬場でナカヤマフェスタが善戦したってのがどうにも気になります。リボーやリファールなど祖先をたどるといますがそれが優先なのかまだ勉強不足なのでどうなのでしょうか?

    1. レンガ餅さん、こんにちは。
      ナカヤマフェスタも2年連続で頑張ってくれた日本馬でしたね。
      彼はぎりぎり父ステイゴールド似の父優先馬で、世界どこに行っても活躍した(そしていいところで②着を拾うw)父の面影そのものといえるかもしれません。ただステイゴールド自体は母系のノーザンテーストの影響もかなり強く、これまでの産駒成績からサンデー系が優先としているだけで、その辺は今となってはもう調べる余地がありません。
      2010年の凱旋門賞は2分35秒台のひどい重馬場決着で、こうなると適性も何もない文字通り「馬同士の死闘」となります。
      勝ったワークフォースの優先祖先は、日本にも来たスタミナタイプのヴイミーか、地元仏Tourbillon系のMy Babuの影響が強く、これなら重馬場でも…という馬でしたね。

      1. 解説ありがとうございました。やっぱりタイムのかかる場合はバックボーンよりかはその馬の力が試されるって感じですか。ただ重馬場等の適性はやっぱり無視はできないのは優勝した馬に通じるものもあるのかなと。今回の最右翼はまさに欧州の血もいい感じなので期待できるかなって思っています。

  2. ドルメロさん、こんばんは。
    精力的に活動されているだけでなく、新たな挑戦を進めておられる事、ブログやYouTubeを通して拝見しております。
    理論が実践に移り、いよいよドルメロ理論の完成に向けて踏み出しておられるのだと感じ、ワクワクしています。

    私は相も変わらず自分本位、好き勝手にやらせてもらっています。
    人生も一口馬主の方も楽しい思いも悲しい別れも一応一通りは経験してきたはずですが、自分が1番にやりたいことに踏み出せるのかどうか、まだまだ迷いの中。

    どの選択が悔いの残らない道なのかは振り返った後からしか分からないから迷いたくないものですが…
    一口を始めた時やドルメロさんのブログと出会った時のように自然と流れに押してもらうような感覚を感じた事もありますが、ここから先は何とも(笑)

    選んだ道がドルメロさんにとって何よりも楽しい日々でありますよう、私なりではありますが、祈っています。

    1. ピーヤさん、ありがとうございます。
      その道はまた迷うようにのびているので、困ります。
      さらに後ろを振り返ると、ずっと傍らにいてくれた方がいなくなっていたり…
      一抹の寂しさも感じています。

      ところがこの頃古株の読者さんから連続してコメントをいただいています。
      たった1年でまた思いもしない変化が訪れ、忙しさに流されている中
      「あの頃応援してくれた方たちは、どこにいるのだろう」
      「もう出会うことはないのだろうか」
      そう思っていた時ですから、本当に嬉しいものです。

      懐かしい人々に背中を押され、私はまた鋭気を養いました。
      戻れるところがあるって、よいものですね。
      この先に何が待っているのか、見に行きましょうかね。

      1. ドルメロさんの感じている事、少し違うかもしれませんが分かるような気がします。
        私は0を1にする仕事をしていますが、孤独だな、と。当事者とそれ以外ではどうしても温度差があるように感じることも多いです。
        1になる可能性やそれが10に広がっていく期待感や乗っかりたい欲があるからこそ、いろんな方々がそれぞれの思いを込めてそれを5や10や100、時にはマイナスにしていくのこともあるのだと思います。

        何となく分かりやすい方が受け入れられやすいこともあるのでしょうが、データはあくまでデータ。理論は実践を踏まえてこそと感じています。
        ドルメロさんが今の理論をどのように発展させていくのか皆さん楽しみにされているのではないでしょうか?
        少なくとも私はドルメロさんのおかげで楽しい一口ライフを送ることが出来ていますし、その発展を楽しみにしている1人です。

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