▼能登大地震にみる僻地産業の脆弱さ 馬産も人ごとではない 1.15

今年もよろしくお願いいたします

満足に新年を祝うこともできないうちに大きな災害がおこり、現地の方のご苦労は想像を絶するものがある。こうして2週間が経った今でもなお救済がいき渡らない地域があるという辛い現実。来たる直下型震災への備えとして、最初の3日から1週間は自力でどうにかせよとはいうものの、では今回私たちは何を準備できていただろうか。能登の惨状は決して人ごとではない。

日本は地震大国でありながら、その隅々にまで人が住み、自然を取り込んだ生活、文化を営んでいる。国土の大半が砂漠、密林、凍土などの国とは違い「人が住まない前提の土地」は思ったほどない。テレビ番組ではないがどんな僻地にも人が住み、独特の文化を持ち、細々と歴史をつないでいる。さらにその僻地文化や産業が消えゆく運命にあるものもあれば、日本の中でけっこう大きなシェアを占める場合もある。そのひとつが馬産だろう。

北海道も地震の多い地域だ。実際過去の大地震で牧場が被害を受けたことも一度や二度ではない。なおかつ社台が大丈夫なら日本の馬産は大丈夫、というものではない。日高が壊滅状態になっても、競争の原理が薄れ、競馬という興行の魅力や存在自体が危うくなる。諸外国の競馬を見ても競馬の衰退はまず生産の縮小から始まり、競馬興行の魅力低下、ファン離れ、競馬場の閉鎖…へとつながる。古い時代のように本来は本州でももっと馬産地があればリスク軽減になるのだろうが…まあそれは現実的ではないだろう。

奥能登の伝統産業は今回の地震で壊滅状態となった。一度壊れたら取り返しの付かないものもあるから、リスタートには数年かかろう。それはいつか起こりうる馬産地被害の姿でもある。伝統産業も畜産業も復興に手が付くのはまず人の回復を待ってから。しかし馬も牛も生き物、人間の立ち直りまで待ってはくれない。すると中小の生産者は地震を機会に北海道を離れ、馬産のバラエティが細り、夢を語るなどもってのほかで、馬産の魅力は半減する。巨大企業がひとつあれば業界が元気であるとは言えないのだ。

強い馬が毎年のように現れ、ファンを魅了し、セールも活況、小口でも馬を持ちたいというライトファン層を育てている今こそ、永続的な生産&開催が見込める将来への投資をしなければ、競馬界全体がいつか痛い目を見るような気がしてならない(競馬をいつまでも続けていくなら、ね)。今日も馬たちは凍てつく北の大地で案外脆弱な基板の上に立っているのだから。

▼能登大地震にみる僻地産業の脆弱さ 馬産も人ごとではない 1.15」への5件のフィードバック

  1. 久しぶりにコメントしました。
    最近改めてテシオ理論を学び直している中で、1つ疑問があります。
    それは「き◯ぐ✕」からの反転についてです。
    以前の記事では「前の仔を生んだ直後10日間に訪れる初回の発情で、それまでとはサイクルが逆なのに種付けをし、かつ受胎してしまった牝馬以降」と書かれていました。
    私がわからないのは「それまでとはサイクルが逆なのに種付をし」の部分です。
    記事では反転していなかったであろう例は出ていましたが反転した例がなかったのでどういうときに反転するのか、はっきりとわかりませんでした。
    初回発情で種付し生まれた牝馬は全て反転しているわけではないんですよね?
    そのあたり詳しく教えていただきたいです。
    よろしくお願いいたします。

  2. 道民の若輩者としては、胆振東部地震や十勝沖地震を経験したため他人事のように思えないのが地震災害です。
    年齢が若いということを自白しているように考えますが、南西沖地震は記憶の外で、2年後の阪神淡路大震災の惨状をテレビで見て唖然としたのが私の地震災害の最初。
    北海道は馬産の最前線だと認識しています。
    ただ、北の大地は地震だけじゃありません。有珠を代表する活火山。有珠と言えばメジロ牧場の解散を決定づけた2000年の噴火。当時噴火時のことは今も鮮明に覚えています。地震は予知できませんが有珠に限れば予知は可能です。近い将来有珠は間違いなく噴火する。備えは今からですね。

    1. そうでした、日本には活火山もあったっけ。
      だから北海道に依存する生産界は想像以上に脆さがありますね。
      いっそモンゴルあたりと仲良くできないのかな、などと夢物語を語りたくなります。

  3. ドルメロさん、今年もよろしくお願いいたします。
    とキーボード打ってますが、インフルエンザで療養中です笑。ドルメロさんもお気をつけください。
    災害、事故とありますが皆さんに幸がありますよう祈ります。

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